どちらも「担保物権」と習うので、質権と抵当権は似たものだと思われがちです。しかし民法の条文を並べると、分かれ目はたった一つであることが分かります。物を渡すかどうかです。ここが違うだけで、効力の生じ方も、担保に入れた後の使い方も、期間の上限までも変わります。不動産を担保に入れるときになぜ質権ではなく抵当権が選ばれるのか、条文から確かめます。
質権は目的物を債権者に引き渡すことによって効力を生じます(民法344条)。契約しただけでは成立しません。
抵当権は占有を移転しないで担保に供した不動産について優先弁済を受ける権利です(369条1項)。渡さずに担保にできます。
質権者は、設定者に自分の代わりに質物を占有させることができません(345条)。「渡したことにして使い続ける」ができないという意味です。
不動産質には10年という存続期間の上限があります(360条1項)。抵当権にはこの上限がありません。
不動産質権者は利息を請求できません(358条)。代わりに不動産を使用・収益できます(356条)が、管理費用などの負担も負います(357条)。
344条と369条を並べると、違いは1行で分かる
まず条文そのものを見ます。質権の成立を定めた344条と、抵当権を定義した369条1項です。
第三百四十四条 質権の設定は、債権者にその目的物を引き渡すことによって、その効力を生ずる。
第三百六十九条 抵当権者は、債務者又は第三者が占有を移転しないで債務の担保に供した不動産について、他の債権者に先立って自己の債権の弁済を受ける権利を有する。
344条は「引き渡すことによって、その効力を生ずる」と書いています。渡さないかぎり質権は発生しません。一方の369条は「占有を移転しないで」と正面から書いています。同じ担保でも、出発点が逆です。
質権の内容そのものは342条が定めています。質権者は、担保として受け取った物を占有し、かつその物について他の債権者に先立って弁済を受ける権利を持ちます。「占有し」が先に来ているところに、この権利の性格が出ています。

条文ごとに並べた違い
不動産を担保に入れる場面に絞って、両者の条文を突き合わせます。
| 項目 | 質権(不動産質) | 抵当権 |
|---|---|---|
| 効力が生じるとき | 目的物を債権者に引き渡したとき(344条) | 占有を移転しないで担保に供する(369条1項) |
| 設定者が使い続けられるか | できない。質権者は設定者に代理占有させられない(345条) | できる。占有は動かない |
| 担保に入れた不動産の使用収益 | 質権者が用法に従って使用・収益できる(356条) | 条文上の定めはない。使うのは設定者のまま |
| 管理費用などの負担 | 質権者が支払い、不動産に関する負担を負う(357条) | 所有者(設定者)のまま |
| 利息 | 質権者は債権の利息を請求できない(358条) | 最後の2年分について抵当権を行使できる(375条1項) |
| 存続期間 | 10年を超えられない。長く定めても10年になる(360条1項) | 条文に上限はない |
| 順位の決まり方 | 抵当権の規定を準用(361条) | 登記の前後による(373条) |
| 目的にできないもの | 譲り渡すことができない物(343条) | 不動産のほか、地上権・永小作権(369条2項) |
356条から358条までは、設定行為に別段の定めがあるとき、または担保不動産収益執行の開始があったときは適用しないと359条が定めています。つまり「使用収益できる/利息を請求できない」はセットで外すこともできる規律です。
なぜ不動産担保ローンでは抵当権が使われるのか
条文を並べると、答えは自然に出ます。不動産質にすると、担保に入れた側はその不動産を使えなくなるからです。
図1 自宅や工場を担保に入れたときに起きること
不動産質にした場合
344条により引き渡して初めて効力が生じ、345条により設定者に占有させることもできません。
356条で質権者が使用収益し、357条で管理費用も質権者が負います。
抵当権にした場合
369条1項のとおり占有は動きません。住み続けながら、あるいは工場を動かしながら借りられます。
登記で第三者に示し、373条のとおり順位は登記の前後で決まります。
貸し手から見た差
質権は10年の上限(360条1項)があり、利息も請求できません(358条)。
長期の住宅ローンや事業資金の担保には向きません。
借りる側が物件を使えず、貸す側も利息を請求できないとなると、不動産質は双方にとって使いにくい仕組みです。実務で不動産質権の登記をほとんど見かけないのは、条文の設計からして用途が限られているためです。抵当権そのものの定義は抵当権とは?民法369条が定める「占有を移さない担保」で詳しく扱っています。
質権は4種類に分かれている
民法第九章の質権は、総則・動産質・不動産質・権利質の4節構成です。不動産を扱うのは第三節ですが、実務でよく出てくるのは第四節の権利質のほうです。
図2 民法が定める質権の4つの区分
- 第一節 総則(342条〜351条)
- 質権の内容(342条)、設定の効力(344条)、代理占有の禁止(345条)、留置の権利(347条)など、すべての質権に共通する規律です。
- 第二節 動産質(352条〜355条)
- 物を預ける古典的な質です。質屋の仕組みがここに当たります。
- 第三節 不動産質(356条〜361条)
- 使用収益(356条)、費用負担(357条)、利息請求の禁止(358条)、10年の存続期間(360条)、抵当権規定の準用(361条)。
- 第四節 権利質(362条〜368条)
- 質権は財産権を目的とすることができます(362条1項)。債権を目的とする質権の設定は、467条に従って第三債務者へ通知するか承諾を得なければ対抗できません(364条)。
| 節 | 条文 | 担保にするもの | 効力を生じさせる行為 |
|---|---|---|---|
| 総則 | 342条〜351条 | 質権に共通の規律 | 目的物の引渡し(344条) |
| 動産質 | 352条〜355条 | 動産 | 引渡し |
| 不動産質 | 356条〜361条 | 不動産 | 引渡し+登記で対抗 |
| 権利質 | 362条〜368条 | 財産権(362条1項) | 債権が目的なら第三債務者への通知または承諾(364条) |
権利質がよく出てくるのは、火災保険金請求権に質権を設定する場面です。不動産担保ローンで火災保険の加入と質権設定を求められるのは、この第四節の仕組みを使っているからです。経緯は火災保険は必要?民法372条が準用する304条の物上代位にまとめています。
両方に共通する決まりもある
質権と抵当権は、担保としての基本的な性質を共有しています。流質契約の禁止(349条)は、弁済期前の契約で質物の所有権を質権者に取得させる約束をしてはならないという規律で、担保の清算を確保するためのものです。
また351条は、他人の債務を担保するため質権を設定した者(物上保証人)が、弁済したり質権の実行で所有権を失ったときに、保証債務に関する規定に従って求償できるとしています。抵当権の物上保証人も同じ立場に立ちます。
| 論点 | 条文 | 内容 |
|---|---|---|
| 流質の禁止 | 349条 | 設定行為または弁済期前の契約で、質権者に弁済として質物の所有権を取得させる約束はできない |
| 物上保証人の求償 | 351条 | 他人の債務を担保するため質権を設定した者が弁済し、または実行で所有権を失ったときは、保証債務の規定に従って求償できる |
| 被担保債権の範囲 | 346条 | 質権は元本・利息・違約金・実行の費用・保存の費用・損害賠償を担保する(設定行為に別段の定めがあるときを除く) |
| 留置の権利 | 347条 | 質権者は弁済を受けるまで質物を留置できる。ただし自己に優先権を有する債権者には対抗できない |
どちらの担保でも、設定者が自分の債務ではなく他人の債務のために不動産を差し出すことができます。その場合に負うのは「お金を返す義務」ではなく「その不動産を失うかもしれない立場」です。保証人になるのとは法的な意味が違うので、契約書の文言を確かめてください。
よくある質問
- 質権と抵当権のいちばん大きな違いは何ですか。
- 目的物を引き渡すかどうかです。質権は引渡しによって効力が生じ(344条)、抵当権は占有を移転しないで設定します(369条1項)。
- 不動産に質権を設定することはできますか。
- できます。民法第九章第三節が不動産質を定めています。ただし引渡しが必要で、存続期間は10年が上限です(360条1項)。
- 不動産質にすると家に住めなくなりますか。
- 条文上は、質権者が用法に従って使用・収益でき(356条)、質権者は設定者に代わりの占有をさせられません(345条)。住み続ける前提の担保ではありません。
- 不動産質の債権者は利息を取れますか。
- 358条が、不動産質権者は債権の利息を請求することができないと定めています。ただし359条により、設定行為に別段の定めがあるときなどは適用されません。
- 抵当権には期間の上限がありますか。
- 条文に存続期間の上限はありません。10年の上限が書かれているのは不動産質(360条1項)です。
- 質権と抵当権の順位はどう決まりますか。
- 抵当権は登記の前後によります(373条)。不動産質については361条が抵当権の規定を準用するとしています。
- 弁済できなかったら担保の所有権は自動的に移りますか。
- 移りません。349条は、設定行為または弁済期前の契約で、質権者に弁済として質物の所有権を取得させる約束をすることを禁じています。
- 債権を担保にする質権もありますか。
- あります。362条1項が、質権は財産権を目的とすることができるとしています。債権を目的とする質権の設定は、467条に従って第三債務者へ通知するか承諾を得なければ対抗できません(364条)。
この記事が参照した一次情報
- 民法(明治二十九年法律第八十九号)第342条・第343条・第344条・第345条・第347条・第349条・第351条・第356条・第357条・第358条・第359条・第360条・第361条・第362条・第364条・第369条・第373条・第375条/e-Gov法令検索
https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
条文は e-Gov 法令検索で取得したものです。表示していた施行日は令和8年6月24日施行(令和八年法律第四十五号)でした。改正があると内容が変わるため、重要な判断の前に最新の条文を確認してください。










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